第8節プラティニ(ユベントス/元フランス代表)

第8節
プラティニ(ユベントス/元フランス代表) 〜環境に育てられたサッカー趣味

 そもそも、なぜオレがサッカーを好きになったのか。
 小学校低学年の頃、オレの一家は引っ越したのだ。新しい住所は、大宮というところだった。そう、現在の埼玉県さいたま市、2002年ワールドカップの準決勝が行われる、さいたまスタジアムがある街だ。
  それまで住んでいた東京・練馬では、野球が盛んだった。地域で盛んなスポーツをしなければ、ヒーローにはなれない。いや、へたをすると仲間はずれにされる。それが一夜にして、サッカー一色の環境に変わったのだ。サッカー少年団という組織もあり、サッカーは突然身近な存在になった。引っ越したばかりで友だちが欲しかったオレは、野球少年からサッカー少年へと、一も二もなく転身した。
 そんなわけで、ユニフォーム集めに目覚めたのも、オレのせいというより、引っ越しを決めた親の責任に依るところが大きい。もしも、イングランドにでも引っ越していたら、今頃オレは筋金入りのフーリガンになって入国拒否されていたかもしれない。よかった。いや、国内でも、大宮でなく大阪だったら、真っ先に道頓堀に飛び込んで溺れていたかもしれない(編集注:あぶないから、やめましょう)。よかった。昔から言われる、孟母三遷はオレでも確実に証明されている。


誰もがサッカーの話ができる幸せ

 さて、プラティニは、イタリアの名門チーム、ユベントスのエースだった。
 プラティニは中学生だったオレにとって、押しも押されもせぬヒーロー、カリスマ、ファンタジスタ(という言葉は当時はまだ知らなかったが)だった。とにかく、誰が何と言おうと、イチ押しのエースだったのだ。しかし、誰も何とも言ってくれないのである。現在の熱狂ぶりからは信じられないぐらい、当時の日本では、サッカーというスポーツはまったく認知されていなかったのだ。オレは、懸命に情報を集めた。集めてみたら、やっぱりすごかった。世界が知ってるフランスの将軍なんて、ナポレオンとプラティニだけ(だろう)。
 だから、このユニフォームにも、ずーっと憧れていた。中学時代には、とてもじゃないが、このユニフォームを購入することはできなかった。小遣いが足りなかったのだ。
 ようやく最近、このユニフォームのレプリカを、復刻版で手に入れることができた。背番号は少し立体気味の白数字を入れてもらった。プラティニのユニフォームに、プラティニのスパイク。うーん、うっとり…。
 あ、ボク、ちょっとヘンですか?(笑)
 贅沢すぎて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


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